読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

プロ野球Wikipedia

戦後のプロ野球選手のデータをどんどん更新していきます

引退はまだ早い?! 遅咲きの努力家スラッガー《和田一浩》

和田一浩

 

中日ドラゴンズ #5
CD-Kazuhiro-Wada20130306.jpg
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 岐阜県岐阜市
生年月日 1972年6月19日(43歳)
身長
体重
182 cm
90 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 外野手捕手一塁手[1]
プロ入り 1996年 ドラフト4位
初出場 1997年4月30日
年俸 2億円(2015年)
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
国際大会
代表チーム 日本の旗 日本
五輪 2004年
WBC 2006年

 

【経歴】

 

①プロ入り前

 

岐阜県岐阜市出身。 

県立岐阜商業高校時代は、2年時に控え捕手として甲子園出場。

 

高校卒業後、東北福祉大学に進学。

 4年間で首位打者1回、ベストナイン2回を獲得する。4年時には主将を任され、春のリーグMVPに輝いた。

 

大学卒業後は社会人野球の神戸製鋼に入社。

社会人通算.429の打率を残す。

 

 

②西武時代

 

 強打の捕手として1996年のドラフト会議で西武ライオンズから4位指名を受け入団。

背番号は22

 

 

 

 

▶︎1997年〜2001年は主に捕手として出場

 

1997年〜1999年

1年目から、主に捕手として一軍試合出場を果たすも特にこれといった成績は残せず。

 

2000年

22」だった背番号は、当時中嶋聡がつけていた背番号と交換して「5」になった。

 

2001年

監督の東尾修に「次世代を担うバッテリー」として松坂大輔と開幕戦でスタメン起用された。

同年は結局、守備位置は外野手との併用となったが打撃は好調で16本塁打規定打席未満ながら打率.306を打って注目を集めた。

 

 

▶︎2002年〜2007年 正式に外野手へ転向しついに大成!!

 

2002年 

新たに監督に就任した伊原春樹の勧めでこの年から外野者一本に絞り、「5番・左翼手」のレギュラーに定着。

30歳にして初めて規定打席に到達し、打率.319、33本塁打、81打点と、定着1年目から中軸打者として申し分ない成績を残し、優秀に貢献した。

指名打者部門初のベストナインを受賞

 

2003年

前年より成績を上げ、打率.346、30本塁打、89打点を記録。

自己最高の出塁率.428長打率.632を叩き出した。

 

2004年

打率.320、30本塁打、89打点の成績で、3年連続の3割30本80打点を達成! 

 

2005年

シーズン打率.322で初の個人タイトルとなる首位打者を獲得

同時に最多安打のタイトルも獲得した。

パ・リーグの右打者による首位打者獲得は12年ぶりだった。

中日ドラゴンズとの日本シリーズでは、打率.310、4本塁打、6打点で12ぶりの日本一に貢献し、優秀選手に選ばれた

 

2006年

打率.298で本塁打19本、自己最多の95打点を記録。

惜しくも5年連続打率3割はならなかった。

チーム名メイトの赤田将吾と並んでリーグ最多捕殺を記録。

 

2007年

通算1000本安打を達成。

前年より打率を上げてリーグ3位の打率.315を記録。

本塁打はレギュラー定着後最低の18本、打点は前年の約半分の49に終わった。

 

 

www.youtube.com

和田一浩 2004年日本シリーズ第6戦 2打席連続ホームラン - YouTube

 

 

③中日時代

 

2007年に初取得したFA権を行使し、中日ドラゴンズとの入団交渉の末、地元の岐阜に最も近い球団という事もあり、本人曰く「幼いことからのあこがれの球団」である中日への移籍を数分で即決。背番号は西武時代と同じ「5」に決定した。

 

 

 

 

▶︎2008年〜2015年 新天地でも持ち前の勝負強い打撃を発揮!!

 

 

▶︎2008年

中日入団1年目も、西武時代と同じく5番を任される。この年通算1000試合出場を達成。

2年連続3割を打つなど活躍したが、16本塁打、74打点、得点圏打率は.275とチャンスでは期待されたほどの成績を残せなかった。

 

▶︎2009年

6月21日に通算4000打数に到達し、通算打率.315で歴代6位にランクイン。日本人右打者最高となった。

この年初めてシーズン全試合に出場し、打率.302で7度目の3割を記録し、29本塁打、87打点、出塁率.382と前年より大きく成績を上げ、打撃主要部門全てでリーグトップ10に入った。

守備面でも元捕手の強肩かつ堅実な早急で12捕殺を記録し、2年連続セ・リーグ最多捕殺に輝いた。

 

▶︎2010年

序盤から打撃が好調で、最終的に全試合出場で打率.339、37本塁打、93打点とチーム三冠、自己最多本塁打の活躍でチームの4年ぶり優勝に大きく貢献した。

自身初となるシーズンMVP及び自身6度目・中日移籍後は初となるベストナイン(外野手部門)に選出された。

新たに3年総額12億円で契約を結んだ。 

 

▶︎2011年

統一球の影響や視力低下もあってバッティングを崩し、年間を通じて成績は打率.232、12本塁打、54打点と低迷した。

日本シリーズでは優秀選手賞に選ばれた。

 

▶︎2012年

2年ぶりに全試合出場を果たしたものの、最終的には本塁打9本に終わり、12年ぶりに二桁に届かなかった。

完全復活とはならなかったものの、リーグ2位の32二塁打を放ち、チームの規定打席到達者の中ではトップとなる得点圏打率.305を記録するなど統一球には見事に適応した。

 

▶︎2013年

前年の2倍の18本塁打を記録したが、打率.275と前年を下回り、リーグワースト・自己ワーストの26併殺打を喫した。

契約変更で8000万円減とプロ入り最大の減俸となった

 

▶︎2014年

4月8日にプロ通算300号本塁打を放った。

41歳9ヶ月での300本塁打達成は史上最年長、大学卒業から社会人を経てプロ入りした選手としては史上初の記録となった。

 

▶︎2015年

6月11日、史上最年長42歳11ヶ月での2000安打を達成した。史上45人目。

8月15日、史上3人目のセパ両リーグ1000安打を達成する。

9月19日にナゴヤドーム内で正式に記者会見を開き、今季限りで現役を引退することを表明した。

勝負強い打撃は、今もなお健在で引退を惜しむ声も多い。

 

 

www.youtube.com

祝 ドラゴンズ和田一浩選手 2000本安打達成 - YouTube

 

 

▶︎年度別個人成績はこちら※太字はリーグトップ

 

 


 
所属球団
 

 

 

 

 







 

 

 



 

 

 

 

 



 




1997 西  武 17 22 21 2 4 1 0 0 5 2 0 0 1 0 0 0 4 0 .190 .238 .190
1998 西  武 36 57 51 8 17 2 0 3 28 8 3 1 2 0 4 0 11 3 .333 .549 .382
1999 西  武 20 53 48 5 13 2 1 0 17 3 3 0 1 1 3 0 8 1 .271 .354 .308
2000 西  武 55 189 170 20 52 10 0 1 65 24 9 2 0 3 15 1 17 6 .306 .382 .360
2001 西  武 82 236 206 36 63 7 2 16 122 34 5 5 5 2 23 0 23 6 .306 .592 .372
2002 西  武 115 472 439 64 140 25 2 33 268 81 5 3 2 3 27 1 74 14 .319 .610 .357
2003 西  武 126 540 468 87 162 34 5 30 296 89 8 5 0 3 66 3 46 10 .346 .632 .428
2004 西  武 109 473 394 79 126 21 1 30 239 89 6 2 0 4 71 4 59 14 .320 .607 .425
2005 西  武 129 542 475 80 153 32 3 27 272 69 3 3 0 5 60 2 66 17 .322 .573 .397
2006 西  武 131 566 484 72 144 34 2 19 239 95 3 3 0 4 78 0 84 14 .298 .494 .392
2007 西  武 138 548 501 77 158 23 1 18 237 49 7 1 0 2 42 3 65 22 .315 .473 .370
2008 中  日 136 560 520 60 157 34 4 16 247 74 1 2 0 4 34 2 71 16 .302 .475 .345
2009 中  日 144 592 517 73 156 24 4 29 275 87 5 2 0 5 68 2 56 16 .302 .532 .382
2010 中  日 144 602 505 94 171 29 2 37 315 93 5 0 0 5 92 0 77 12 .339 .624 .437
2011 中  日 131 522 444 49 103 24 4 12 171 54 6 3 0 4 72 2 64 12 .232 .385 .339
2012 中  日 144 586 508 52 145 32 2 9 208 63 2 0 0 6 71 1 72 14 .285 .409 .370
2013 中  日 142 581 495 63 136 21 2 18 215 76 2 2 0 7 77 2 63 26 .275 .434 .370
2014 中  日 90 356 302 40 85 12 2 16 149 65 2 1 0 5 45 4 38 11 .281 .493 .376
2015 中  日 79 234 218 16 65 8 0 5 88 26 1 0 0 0 14 2 40 9 .298 .404 .346
  通 算 1968 7731 6766 977 2050 375 37 319 3456 1081 76 35 11 63 862 29 938 223 .303 .511 .381

 

 

【タイトル】

首位打者(打率.322):1回(2005年)

最多安打(153安打):1回(2005年)

・最高出塁率出塁率.437):1回(2010年)

 

【表彰 】

・最優秀選手賞:1回(2010年)

ベストナイン:6回(DH部門:2002年、外野手部門:2003~2006年、2010年)

日本シリーズ優秀選手賞:2回( 2004年、2011年)

 

 

 

【遅咲きの努力家は愛されキャラ?!】

 

 

▶︎27歳の通算成績・・・

なんJ PRIDE : 【西武】和田一浩(27)の通算安打数wwwwwwww

 

▶︎2000安打の9割が30歳以降!

和田一浩の類を見ない“遅咲き”|コラム|スポーツナビ

 

▶︎まだやれる!?

三大まだやれるのに引退した選手 金本知憲 和田一浩 : やきゅデタ速報

 

▶︎愛されキャラ!ベンちゃん!

最年長2000本安打・中日 和田一浩「意外な愛され力」秘話 - エキサイトニュース

 

 

 

【その他の情報】

 

 ・強打者であるが、本人は「僕はホームランバッターじゃないから」と言っている。

本人曰く、「ホームランバッターは打ち損じがヒット。僕の場合はヒットの延長がホームラン」と語っている。

 

・マラソンの高橋尚子とは高校時代の同級生。だが、在学中に二人で話したことは一切なかったらしい。

 

・第55回NHK紅白歌合戦に、審査員として出演したことがある。(アテネ五輪出場とシーズン中の功績が評価された)

 

・2002年シーズンに和田を外野手に固定させた伊原は、捕手としての和田について後に「性格がよく、相手打者の裏をつくリードが出来なかった。それでは1シーズン通してでは問題がある」と語っている。

 

 

【引退特集】

 

 

nanj.wp.xdomain.jp

中日・和田一浩引退会見 「夢のような時間だった」 | おはDちゃんねる@なんj

 

 

www.youtube.com

【中日ドラゴンズ】和田一浩引退会見 - YouTube