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プロ野球Wikipedia

戦後のプロ野球選手のデータをどんどん更新していきます

ストイックな打撃の求道者!完全復活を期す鷹の新選手会長《長谷川勇也》

長谷川勇也

 

福岡ソフトバンクホークス #24
HAWKS30-HASEGAWA.jpg
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 山形県鶴岡市
生年月日 1984年12月22日(30歳)
身長
体重
180 cm
88 kg
選手情報
投球・打席 右投左打
ポジション 外野手
プロ入り 2006年 大学生・社会人ドラフト5巡目
初出場 2008年4月22日
年俸 2億円(2015年)
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

 

 

【経歴】

 

①プロ入り前

 

小学校に入る前に5歳上の兄が所属する少年野球の練習を見た事をきっかけに野球に興味を持ち、

鶴岡市立大泉小学校3年生時に両親の許可が下りて大泉スポーツ少年団軟式野球を始めた。

鶴岡市立鶴岡第四中学校でも軟式野球部に所属し、主に投手としてプレーしていた。

 

 

 

酒田南高等学校に進学すると、1年秋に外野手に転向。

2年夏、3年春・夏と3季連続で甲子園出場を果たした。

1学年下の後輩に元オリックス・バファローズの小林賢司がいた。

 

 

専修大学では1年春からレギュラーに定着し、3年秋には東都大学リーグ2部首位打者を獲得。

4年秋には41打数14安打で打率.341、6本塁打を放ちMVPを獲得した。

同大学の9季ぶりとなる1部昇格の立役者となった。大学通算18本塁打

同期に読売ジャイアンツの松本哲也、BREATHEの宮田慧、1学年下の後輩に元読売ジャイアンツ土本恭平がいた。

 

 

②プロ入り後

 

2006年11月21日、ドラフト会議の大学生・社会人ドラフトにて福岡ソフトバンクホークスの5巡目指名を受けて入団した。

 

 

 

▶︎2007年

春季キャンプで一時A組(一軍相当)に抜擢されるなど期待されていたものの、左大腿骨頸部を疲労骨折してシーズンの大半をリハビリに費やした。

 

▶︎2008年

一軍に昇格して4月22日の楽天戦でプロ初出場初安打を記録した。

相手先発投手が右投手である試合にはスタメンで起用。

若手の中で成長が期待される選手の一人だったものの、外野守備では他の外野手と交錯してしまうなど連携の悪さが目立った。

4月25日のロッテ戦では、3回に落下点で待ち構えていたセンターの多村仁にレフトから激突。打球をランニングホームランにしただけでなく、多村には右脚腓骨折の重傷を負わせた。

同年7月5日、センターとして出場したが、5回裏にベニー・アグバヤニの右中間への打球を柴原洋とお見合いして2点タイムリー三塁打を献上し、この際に慌てて打球を処理した柴原は腰痛を悪化させてしまった。

7回裏には西岡剛の打球を追って、柴原に代わった中西健太と交錯し、ランニングホームランにしてしまう。

この2度の連携ミスもあり、チームは5点差をひっくり返され逆転負けを喫した。

8月17日に、試合前のバント練習の際に左手小指を骨折し離脱。それ以降一軍復帰はできなかった。 

 

▶︎2009年

開幕スタメンを逃したものの、一時は4割を超える打率を維持。

10試合連続安打やアマ・プロ通じて自身初のサヨナラ打を放ち、クリーンアップの一角を担える程の活躍を見せた。

7月7日のオリックス戦では2度のジャンピングキャッチを披露。

オールスターゲームの選手間投票で外野手部門第3位に入り初出場を決めた。

第1戦、8回1死二、三塁のピンチで外野フライの際、三塁走者をホームで刺すプレーを見せた。

初の規定打席到達でリーグ4位の打率.312、チームトップの159安打を放った。

 

▶︎2010年

開幕から調子が上がらず、5月22日に二軍降格。

二週間後に一軍に復帰したが、その後も調子が上がらなかった。

 

▶︎2011年

開幕センタースタメンで出場したものの打撃はパッとせず、福田秀平の成長もあってセンタースタメンを福田に奪われベンチを温める試合もあった。

しかし7月ごろから打撃も上向き始め、レギュラーシーズン終了後には規定打席にも到達し、リーグ8位の打率.293とともにリーグ3位の出塁率.379の成績を残した。

クライマックスシリーズでは11打数6安打打率.545と結果を残した。

第3戦目には10回に同点タイムリーを打ち、12回にはサヨナラタイムリーを打ちチームのCS突破に貢献した。

また、マニュライフ生命 特別賞を受賞した。

プレーオフ CSでの1試合4安打は8人目で9度目。ソフトバンクの選手では初。ポストシーズンでは52年ぶり2人目。

 

▶︎2012年

背番号は24に変更。元々24を希望しており、念願かなっての変更であった。

春先は不調で5月には二軍落ちも経験したが、6月からは調子を上げ、一時は3割を伺うところまで打率を上げた。

最終的には126試合で打率.278、4本塁打37打点、16盗塁。出塁率は例年通り高く.353をマークした。

ビジターでの打率は.322を記録した。

 

▶︎2013年

 キャンプで練習中に打球が頭に当たり骨折したがなんとか開幕に間に合わせる。

開幕からチームが低迷する中で高打率を維持、4月半ばからは不調の本多雄一に変わって1番打者として躍動。

中村晃が頭角を現したことで5月半ばからは5番に定着すると、内川聖一松田宣浩らと強力クリーンアップを形成し、安打を量産。

交流戦史上最高打率.418をマークし、交流戦MVPを獲得した。

その後も大きな不調に陥ることなく打線を牽引し、シーズンを通して安定した活躍を見せた。

最終的には200安打にあと2本届かなかったが、川崎宗則が持つ球団記録の190安打を上回る198安打(歴代7位記録)を放った。

自身初のタイトルとなる首位打者最多安打に輝き、ベストナインも初受賞した。

自身初のフルイニング出場を果たし(史上5人目のフルイニング出場首位打者)、3本のサヨナラ打と勝負強さも光った。

 

▶︎2014年

開幕から主に5番・ライトとして快調にヒットを重ねたが、6月・7月に成績を落とす。

8月に盛り返したが、9月3日のオリックス戦で本塁に突入した際、右足首を痛めてしまい、以降は日本シリーズまで代打のみでの起用となった。

しかし「代打に控えている」ことが要所で相手にプレッシャーを与える形となった。

最終的には135試合の出場で打率.300、6本塁打55打点で2年連続の打率3割を達成。

 

▶︎2015年

前年無理をした影響で右足首の故障が完治しないまま開幕を迎える。

開幕当初は指名打者で出場していたが、故障の影響で打撃も結果が出ず、しっかり治すために4月半ばに登録抹消となった。

チームが好調だったため万全の状態までゆっくり調整することとなった。

9月半ばの優勝直前に復帰すると、3試合連続で打点を挙げて優勝決定に貢献した。

最終的にレギュラー定着後最低の30試合、打率.224の数字に終わった。

前年の6分の1の打席数で、前年とほぼ変わらない5本塁打をマークした。

 

www.youtube.com

バックスクリーン右へ!長谷川が先制の第17号ソロHR! 2013.09.12 H-L - YouTube

 

▶︎個人年度別成績はこちら(2015年度シーズン終了現在)※太字はリーグ最多


 
所属球団
 

 

 

 

 







 

 

 



 

 

 

 

 



 




2008 福岡ソフトバンク 71 245 221 28 52 13 1 4 79 24 2 0 4 1 18 1 47 1 .235 .357 .295
2009 福岡ソフトバンク 143 584 509 69 159 31 3 7 217 44 10 5 11 1 57 6 89 7 .312 .426 .387
2010 福岡ソフトバンク 134 519 443 48 113 17 0 3 139 32 14 3 10 3 51 12 97 8 .255 .314 .346
2011 福岡ソフトバンク 125 455 392 51 115 23 1 4 152 34 13 1 6 2 47 8 87 2 .293 .388 .379
2012 福岡ソフトバンク 126 473 403 41 112 15 3 4 145 37 16 5 16 5 40 9 87 4 .278 .360 .352
2013 福岡ソフトバンク 144 637 580 92 198 29 6 19 296 83 12 2 0 5 47 5 111 5 .341 .510 .392
2014 福岡ソフトバンク 135 541 473 58 142 30 3 6 196 55 7 7 0 7 54 7 95 8 .300 .414 .375
2015 福岡ソフトバンク 30 96 85 8 19 0 0 5 34 12 0 0 0 0 11 0 27 0 .224 .400 .313
  通 算 908 3550 3106 395 910 158 17 52 1258 321 74 23 47 24 325 48 640 35 .293 .405 .366

 

【タイトル】

首位打者:1回(2013年)※史上5人目のフルイニング出場での獲得

最多安打:1回(2013年)

 

 

【表彰】

ベストナイン:1回(2013年)

・セ・パ交流戦MVP:1回(2013年)

・月間MVP:2回(2013年6月、2013年9月)

オールスターゲーム敢闘選手賞:1回(2013年第2戦)

 

 

【ストイックすぎる努力家!!】

 

▶︎内川も一目置く存在!

シーズン200安打ならずも、内川聖一が一目置く「長谷川勇也の正体」|集英社のスポーツ総合雑誌 スポルティーバ 公式サイト web Sportiva|Baseball

 

▶︎努力の天才!

二宮清純レポート ソフトバンク外野手長谷川勇也玄人を唸らせる「努力の天才」 | スポーツ | 現代スポーツ | 現代ビジネス [講談社]

 

▶︎打撃道を追求!

地道に“打撃道”を追求するソフトB長谷川「まだ練習が足りない」

 

▶︎練習のしすぎで練習制限!?

“練習の虫”ソフトB・長谷川に「少しは休め」の声届くか

 

 

【その他の情報】

 

・小学生の頃からプロ野球選手の食事を特集した本を購入し、母親にバランスの良い食事を依頼していた。

 

・主力選手が温暖な沖縄やグアムで自主トレを行う12月~1月にずっと福岡にとどまって自主トレを行っていることについて、スポーツ新聞の取材に「僕の場合、環境が変わることがストレスになりますので」と答えている。

 

・ホークス野手では珍しい、じっくりと球を見極めて出塁を狙うタイプで、出塁率の高さが武器。王監督(当時)に「もっと積極的に打ちにいけ」と言われてもスタイルを変えなかった勇者である。

 

・打撃に関してはかなりの理論派であり、独自の打撃理論を語らせると誰が相手でも止まらなくなるらしい。ミリ単位の打撃技術を追い求める、人呼んで「鷹の求道者」。

 

・愛称はハセユー。チームでのニックネームはもえちゃん。2009年のホークスファン感謝デーでチームメイトから暴露され、名付親は当時コーチの森脇浩司。(現オリックスシニアアドバイザー)