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プロ野球Wikipedia

戦後のプロ野球選手のデータをどんどん更新していきます

オリックスの顔がヤクルトの新核弾頭へ! 新天地で再起を誓うイケメン外野手《坂口智隆》

          【坂口智隆】

東京ヤクルトスワローズ
Sakaguchi tomotaka.jpg
オリックス時代(2011年8月6日、QVCマリンフィールド)
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 兵庫県明石市兵庫県神戸市生まれ)
生年月日 1984年7月7日(31歳)
身長
体重
180 cm
76 kg
選手情報
投球・打席 右投左打
ポジション 外野手
プロ入り 2002年 ドラフト1巡目
初出場 2003年10月7日
年俸 7,500万円(2015年)
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

 

 

【経歴】

 

①プロ入り前

 

小学生2年時に軟式野球の「鵯ライオンズ」で野球を始め、投手で4番。

明石市立望海中学校時代は硬式野球ヤングリーグ「神戸ドラコンズ」でプレーし、チームの1年先輩には栗山巧がいた。

 

神戸国際大学付属高等学校に進学後、1年秋から背番号1を着けてエースとなった。

秋季近畿大会でベスト4入りし、翌春には春夏通じて同校初の甲子園出場となる第73回選抜高等学校野球選手権にエースで5番として出場した。

  

3年時は背番号1のままながら外野手として出場することが多かった。

夏の全国高等学校野球選手権兵庫大会では準決勝で金刃憲人を擁する市立尼崎高校を相手に9回2死から5点差を逆転してサヨナラ勝ち。

決勝では尾崎匡哉大谷智久らを擁する報徳学園高校に敗れたものの準優勝。高校通算23本塁打

 

 

近鉄時代

 

2002年のドラフトで高井雄平の交渉権を抽選で逃した大阪近鉄バファローズから外れ1巡目指名を受け入団。

神戸国際大付属高出身初のプロ野球選手となった。また、大阪近鉄バファローズ最後のドラフト1位指名選手でもあった。

4番を打っていた打撃と俊足強肩の身体能力を買われて外野手に転向。

 

 

▶︎2003年

ウエスタン・リーグで打率.302を残した。

ドラフト指名を受けて入団した高卒野手では球団史上8人目となる1年目での一軍初出場を果たし、初安打を記録した。

 

 

オリックス時代

 

2005年、合併に伴う入団2年以内の選手への措置でオリックス・バファローズ所属となった。

 

 

▶︎2005年

二軍で打率.285、13盗塁を記録。

 

▶︎2006年

二軍で54試合出場、打率.328、12盗塁を記録。

オフには、ハワイ・ウィンターリーグへ派遣された。

 

▶︎2007年

オープン戦で結果を残し、テリー・コリンズは「平野恵一が離脱している中で1番バッターは彼以外いない」と絶賛。

1番中堅手で初の開幕スタメン出場を果たし、初回に同年のチーム初安打を放った。

5月初旬に打撃不振で二軍に降格するも、シーズン終盤に再昇格後はレギュラーに定着

9月以降は3割近い打率を残し猛打賞をも記録。二軍では48試合に出場、打率.317、チームトップの10盗塁を記録。

 

▶︎2008年

前年に続き開幕1番に選ばれ、前半戦は好調を維持。

夏場以降は打率が下がり三振も増えたが、主に1・2番打者としてタフィ・ローズと並ぶチーム最多の142試合に出場初めて規定打席に到達するなどレギュラーに定着した。

6三塁打・13盗塁はチームトップ、安打数、犠打数、犠牲フライ数はいずれもチーム2位を記録。

満塁時には9打席で7打数6安打11打点と満塁男ぶりも見せた。守備でも外野手としてリーグ3位の7捕殺を記録し、ゴールデングラブ賞を初受賞した。

一方で、全打席の半分以上で3球目までに打った打撃スタイルとチーム4位の三振数を記録した。

追い込まれてからの脆さから四死球が少なく、アベレージタイプの打者としては出塁率が低い事や、サウスポーに対し打率.232に終わるなど課題も残した。

 

▶︎2009年

オープン戦では打率.349と好調だったが開幕後は5月初旬まで打率1割台と打撃不振に陥った。

同年から加入した近鉄時代のチームメイトでもある大村直之が1番を打つようになった。

その後は徐々に復調していき、6月からは大村に替わって再び1番打者に定着。

5月以降は7月以外全て月間3割以上で8月には月間打率.386イチロー以来球団史上2人目となる月間40安打を記録した。

最終的にはチームトップの137試合に出場してリーグ2位の打率.317に同2位の167安打前年の自己最多を更新するチームトップでリーグ10位の16盗塁を記録

また、リーグ6位の出塁率.381左投手に対しても打率.297と前年課題を残した部分でも改善が見られた。

守備では外野手としてリーグトップの14捕殺に同2位の守備率を記録してゴールデングラブ賞を2年連続で受賞。この年は野手の中で唯一日本ハムではない選手の受賞となった。

同年オフ、背番号を「9」に変更することが決まった。

 

▶︎2010年

フルイニング出場を目標とし1番打者として起用されていたが、打撃不振によりわずか12試合でスタメン落ちしてしまう。

交流戦初戦となった5月12日のヤクルト戦で、延長10回表に決勝適時三塁打を打ち、チームの対ヤクルト戦2年ぶりとなる勝利に導く。

6月7日の広島戦ではプロ野球新記録となる10者連続安打の先頭打者として口火を切り、1イニング2安打を放った。

交流戦打率.389とMVP候補にも挙がった。しかし、7月は打率.213、OPS.539と再び不振に陥り、前半戦終了間際に3年ぶりの二軍降格を味わう

昇格後は打率を3割に戻し、最終的に2年連続3割、3年連続ゴールデングラブ賞、3年連続150安打を達成し、三塁打はリーグトップの10本をマークした。

また、8月には10二塁打と6三塁打を放ち、8月度のJA全農Go・GO賞(表彰テーマ:最多二、三塁打賞)を受賞した。

 

▶︎2011年

シーズン序盤は不振であったが、交流戦では打率.412と一気に調子を上げて3割に乗せた。

交流戦首位打者最多安打最多得点を記録して日本生命賞を受賞した。

終盤まで3割をキープして首位打者を狙える位置にいたが、最後の最後で17打席連続無安打を記録し、打率.297でシーズンを終えた。

しかし、全144試合フルイニング出場し最多安打最多タイ三塁打、リーグ3位の得点、同5位の四球、同7位の打率、同8位の出塁率を記録するなど一番打者として活躍した。

守備でも無失策の守備率10割、守備機会リーグ3位、捕殺同5位と俊足・強肩ぶりを存分に発揮し、4年連続ゴールデングラブ賞を受賞した。

また、9月度のJA全農Go・Go賞(表彰テーマ:最多二、三塁打賞)にも2年連続で受賞した。

 

▶︎2012年

開幕戦では1番・中堅手として先発出場を果たした。

しかし、この年もここ数年同様に春先から打撃不振・守備でも精彩を欠いたことから、5月5日の日本ハム戦ではスタメン落ち。

この試合で2010年9月19日から続いたフルイニング出場が179試合で途切れた。

一向に調子が上がらないまま、5月17日の巨人戦で飛球をダイビングキャッチした際に、右肩を強打し負傷退場。

検査の結果、右肩肩鎖間接の脱臼、されに靭帯も断裂と診断され、長期離脱を余儀なくされた。

シーズン復帰は絶望的と言われたが、なんとかシーズン終盤に復帰。

打撃は問題はないが、守備で投げられるほどには万全ではなかった為、代打の出場のみとなった。

怪我の影響もあって一軍定着後の最小となる40試合の出場に留まり、最下位に低迷したチームにとって坂口の戦線離脱が攻守に手痛いシーズンとなってしまった。

この年のオフに伊藤光と共にオリックスの副選手会長に就任するも、新選手会長大引啓次がトレードで移籍したのに伴い、選手会長に就任した。

 

▶︎2013年

選手会長として試合に出場。しかし序盤から不振。

さらに夏場に入っても一向に調子が上がらず、シーズン途中にはぎっくり腰になり8月に登録抹消。

シーズン終盤に復帰した。最終的に97試合に出場。規定打席にはあと6打席届かなかった。

 

▶︎2014年

開幕からスタメンで出場を続けるなど、一軍公式戦122試合に出場。出場試合数が、3年振りに100試合を超えた。

しかし、8月以降は川端崇義にスタメンを奪われてしまうなど、シーズン全体では前年に続いて不振。

その一方で、前年を下回る打席数で40打点を記録するなど、随所で勝負強さを発揮した。

シーズン中には国内FA権を取得したものの、シーズン終了後に球団と2度交渉した結果、権利を行使せずオリックスへ残留することを表明している。

 

▶︎2015年

一軍の公式戦に開幕からスタメンで出場。一時、3番打者として起用されていた。

「『プロになりたい』と思わせてくれた」という阪神・淡路大震災発生としのオリックス・ブルーウェーブ復刻ユニフォームで臨んだ4月18日の西武戦では、この年唯一の本塁打を放った。

しかし、5月11日に出場選手登録を抹消。抹消の直後に右肘を痛めた影響などから、一軍の復帰を果たせなかった。

さらに9月には、翌年の契約について、野球協約場の減額制限を超える大幅な減俸を球団から提示。

坂口がこの提示に同意しないまま、他球団での現役続行を視野に自由契約を申し入れたたま、球団ではシーズン終了直前の10月1日に坂口の退団を発表した。

 

www.youtube.com

坂口の第2号ソロHRでオリックスが先制! 2013.05.14 T-Bs - YouTube

 

▶︎個人年度別成績はこちら(2015年シーズン終了)※太字はリーグ最多


 
所属球団
 

 

 

 

 







 

 

 



 

 

 

 

 



 




2003 大阪近鉄 1 6 5 0 1 0 0 0 1 0 0 1 0 0 1 0 2 0 .200 .200 .333
2004 大阪近鉄 7 5 4 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0 0 0 .000 .000 .200
2005 オリックス 6 6 6 1 1 1 0 0 2 0 0 0 0 0 0 0 1 0 .167 .333 .167
2006 オリックス 28 26 22 3 2 0 0 1 5 2 3 1 1 0 3 0 6 1 .091 .227 .200
2007 オリックス 46 149 137 13 33 6 1 0 41 8 4 1 6 0 5 1 21 0 .241 .299 .273
2008 オリックス 142 588 540 68 150 15 6 2 183 32 13 3 17 4 23 4 77 9 .278 .339 .310
2009 オリックス 137 594 526 82 167 23 7 5 219 50 16 4 8 4 52 4 81 8 .317 .416 .381
2010 オリックス 138 622 558 84 172 31 10 5 238 50 12 6 7 1 52 4 77 13 .308 .427 .371
2011 オリックス 144 651 590 84 175 20 7 3 218 45 5 5 2 1 54 4 77 11 .297 .369 .359
2012 オリックス 40 165 158 7 36 2 1 0 40 8 2 2 2 0 5 0 13 0 .228 .253 .252
2013 オリックス 97 440 383 47 88 13 5 3 120 24 2 2 10 2 44 1 48 4 .230 .313 .309
2014 オリックス 122 382 323 33 76 5 5 2 97 40 3 2 10 0 47 2 45 4 .235 .300 .336
2015 オリックス 36 121 107 8 28 7 0 1 38 5 1 0 1 1 12 0 18 1 .262 .355 .333
  通 算 944 3755 3359 431 929 123 42 22 1202 264 61 27 64 13 299 20 466 51 .277 .358 .338

 

【タイトル】

最多安打:1回(2011年)

 

【表彰】

ゴールデングラブ賞:4回(2008~2011年)

・セ・パ交流戦優秀選手賞(日本生命賞):1回(2011年)

・月間MVP:1回(2011年6月)

JA全農Go・Go賞:3回(強肩賞:2009年9月 最多二・三塁打賞:2010年8月、2011年9月)

 

 

【来季から新天地、ヤクルトで再起を誓う!!】

東京ヤクルトスワローズでは、オリックスからの退団発表を受けて、坂口の獲得調査に着手。

2015年11月13日には、坂口の獲得で合意に達したことを発表した。

推定年俸は3,000万円で、オリックスでの最終年俸(7,500万円)から半額以上(4,500万円)ダウン。

また、「(アフリカ系アメリカ人初のメジャーリーガーとされる)ジャッキー・ロビンソンに倣って、引退の際に他の選手が『背番号を引き継ぎたい』と思えるような活躍したい」との意向からロビンソンの現役時代と同じ背番号「42」(MLB全球団の永久欠番を着用する。

▶︎脱チャラ男で再起を誓う!

ヤクルト入団の坂口「脱チャラ男」で再起を誓う - 野球 : 日刊スポーツ

 

▶︎元日ハム、鵜久森と共に再出発!

ヤクルト入団で再出発…坂口智隆、鵜久森淳志が会見「拾っていただいて感謝」 - エキサイトニュース

 

 

【その他の情報】

 

イチローに似たバッティングフォームから広角に打ち分ける技術を持ち、速球に対しては2010年に打率.379を記録し、特に150km/h以上のボールには打率6割を記録し得意とした。

 

・高校時代はストリートミュージシャンでもあった。プロ入り後も2度ストリートライブを行っていたが、これが岩隈久志にバレてしまい、それ以降はやっていないと語っている。

 

・好きな女性のタイプは家庭的で料理が出来て、のほほんとした人。芸能人なら鈴木紗理奈と答えている。また、坂口の登場曲は鈴木がMUNEHIRO名義で歌っている曲ばかりである。

 

 

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