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プロ野球Wikipedia

戦後のプロ野球選手のデータをどんどん更新していきます

12球団野手最高年俸!6度本塁打王を獲得した「究極」のスラッガー 西武《中村剛也》

中村剛也

 

埼玉西武ライオンズ #60
Nakamura takeya.jpg
2011年8月30日 こまちスタジアムにて
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 大阪府大東市
生年月日 1983年8月15日(32歳)
身長
体重
175 cm
102 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 三塁手一塁手
プロ入り 2001年 ドラフト2巡目
初出場 2003年9月28日
年俸 4億1,000万円+出来高(2016年)
※2014年から4年契約
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
国際大会
代表チーム 日本の旗 日本
プレミア12 2015年

 

 

【経歴】

 

①プロ入り前

 

高校時代は大阪桐蔭高校の4番打者として活躍していた。

進学した理由は自宅から高校まで徒歩5分という立地条件であったという。

高校時代の通算本塁打83本大島裕行に次ぎ、鈴木健と並ぶ当時の史上2位タイ。

3年夏は歴代2位となる大阪府予選6本塁打を放ち、「浪速のカブレラ」と呼ばれ注目の的となる。

岩田稔は高校時代の同期、西岡剛は一年後輩にあたる。

 

www.youtube.com

2001年大阪府大会決勝大阪桐蔭-上宮太子 1回裏の攻撃 - YouTube

 

 

②プロ入り後

 

2001年のドラフト会議で西武ライオンズから2巡目指名を受け、入団。

背番号は「60」に決まった。

 

 

▶︎2002年

二軍で打率.215、7本塁打、28打点をマークした。

 

▶︎2003年

二軍で22本塁打を記録し、イースタン・リーグ本塁打王を獲得した。(打率.249、58打点)

9月28日の日本ハム戦で4番打者として一軍出場、初打席で初安打となる二塁打を放ち、初打点も記録。

 

▶︎2005年

ホセ・フェルナンデスに代わりの三塁手のレギュラーとなった。

セ・パ交流戦では12球団最多の12本塁打を放ち優秀選手賞(日本生命賞)を受賞。

80試合に出場し、自己最多の22本塁打を打った。長打率は6割を越えた

 

▶︎2006年

ホセ・フェルナンデス楽天へ移籍し、三塁手のレギュラーを石井義人平尾博嗣らと争うこととなった。

特に左投手が先発する時は三塁手のスタメンは平尾になるのが恒例となってしまった。

自己最多の100試合に出場したが、本塁打は半減し9本に終わった。またチャンスに打てなかった。(得点圏打率.205

 

▶︎2007年

「8番・三塁手」で2年連続の開幕スタメン。打撃不振で5月に二軍落ちしたが、6月に復帰。

三塁手のレギュラーで起用され続けたが打撃は上向かず、レギュラー定着以降最低の成績に終わった。

アレックス・カブレラの守備難から一塁手でも10試合にスタメン起用された。

 

▶︎2008年

この年は守備面では主に捕球における不安定さが目立ち、リーグ最多の22失策を記録。

打撃では打率は昨年よりわずかに上回ったもののリーグワースト3位得点圏打率.231と勝負弱さが課題となった。

三振は162個とリーグ最多で、シーズン記録としては歴代7位、日本人右打者は最多。

しかしこの年から打撃コーチに就任した大久保博元からミートポイントを前にするようアドバイスされ、三振の多さと引き替えに本塁打を量産。

西武の日本人選手の本塁打記録(43本、秋山幸二田淵幸一)、25歳の本塁打記録(44本、大杉勝男岩村明憲)を塗り替える46本塁打を放った。

自身初としては、規定打席本塁打王、100打点(101打点、リーグ3位)、サヨナラ本塁打オールスターゲーム出場(三塁手、ファン投票1位)を達成した。

日本シリーズでは、3安打3本塁打7打点。アジアシリーズの予選の天津ライオンズ戦では東京ドームの三階席まで飛ばす特大の本塁打を放っている。

私生活では、7月8日に元タレントの村上麻里恵と結婚した。

 

▶︎2009年

5月13日のオリックス戦で通算100号本塁打を達成。

9月20日のソフトバンク戦で40号を放ち、西武の日本人選手では秋山幸二以来となる2年連続40本塁打を達成した。

この年はケガでの離脱もあったが、開幕から打ち続け、48本塁打、122打点を記録し2年連続の本塁打王、自身初の打点王を獲得した。

2年連続の本塁打王は西武の日本人打者としては中西太以来53年ぶりで、打点は球団最多記録を更新した。

シーズン長打86本(本塁打48本、三塁打1本、二塁打37本)は2002年の松井稼頭央の88本に次いで歴代2位。

打率も.285と前年に比べて大きく上がった一方で、154三振、15失策で2連続最多三振・最多失策だった。

OPSは両リーグ唯一の1.0越えを記録した。26歳でのシーズン48本塁打王貞治と並ぶ最多記録である。

 

▶︎2010年

春季キャンプ中の2月25日、打撃練習を待っていた中村の顔面にディー・ブラウンの振ったバットが直撃。

大量の鼻血が出たが、幸い鼻の打撲で済み、翌日から通常の練習メニューをこなした。

公式戦を間近に控えたオープン戦で、自打球が顔面に当たり頬骨を骨折。3月20日の開幕戦には何とか間に合った。

しかしその影響か開幕から10試合は本塁打が出ず打率も1割ほどで打点もわずか1と極度の不振であった。

ようやく放ったシーズン第1号は、4月7日のオリックス戦であった。

6月10日に5月中旬から続いていた右肘の痛みが激しくなり登録抹消。

6月中に右肘の遊離軟骨除去手術を受け、その治療のためファン投票・選手間投票第1位で選出されたオールスターゲームも出場を辞退した。

8月27日に一軍に復帰、9月に調子を上げ85試合の出場で25本塁打を打った。

しかし、打率は.235と最後まで低いままで、規定打席未到達にもかかわらず111三振を喫し得点圏打率も.170と非常に低く不本意なシーズンとなった。

6月4日のヤクルト戦で伊東勤を抜いて球団新となる通算9本目の満塁本塁打を記録した他、史上初の3号連続の満塁本塁打を記録。

また、入団9年目での満塁本塁打10本目到達は中村紀洋近鉄)、アレックス・ラミレス(巨人)の10年目を抜く最速記録になった。

 

▶︎2011年

7月23日オールスター第2戦では2本の本塁打を放ち、MVPに選ばれた。

2009年と並ぶ自己記録タイの48本塁打を放ち、本塁打王打点王の2冠を達成。

本塁打数はロッテのチーム本塁打数の46本を2本上回っており、個人の本塁打数がチームの本塁打を上回るのは、57年ぶり3度目の記録となった。

また、25本の本塁打を放ち本塁打数2位となったソフトバンクの松田宣宏とは23本差をつけており、新記録となった。

パ・リーグ全体の本塁打数は454本であり中村1人で10.57%の本塁打を打ったこととなる。

これは1053年の中西太の9.33%を上回っており、10%以上は2リーグ分裂後初のことである。

12月15日の契約更改では3年総額10億円で複数契約を結ぶ。

西武で複数年契約を結ぶケースは数少なく、球団本部長の鈴木葉留彦

個人名は控えますが、複数年は過去もいた。中村選手にも、特別に残ってほしい意思の現れです。これだけホームランと打点を稼ぐ打者は日本で他にいない

と語った。

 

▶︎2012年

開幕当初から不振にあえぎ、レギュラー定着後は最長となる129打席連続本塁打なしのスランプも味わった。

しかし、交流戦以降は調子を取り戻し、交流戦での通算本塁打12本の新記録も樹立した。

その後、6月14日の阪神戦の守備で左肩肩甲骨下筋を損傷、出場選手登録を抹消された。

再び出場選手登録された後には左膝にも怪我を負い、スタメンから外れる事も多かった。

それでも、最終的には27本で2年連続4度目の最多本塁打のタイトルを獲得した。

10月25日には左膝の前十字靭帯と半月板の修復出術を受けた。

 

▶︎2013年

前年に受けた手術の影響で前半戦を棒に振ってしまい、オールスターファン投票の対象から除外された。

左肩の違和感で一軍復帰が遅れ、26試合の出場で4本塁打に終わった。

12月9日の契約更改で4年総額20億円の複数年契約を結んだ。

 

▶︎2014年

6月13日の広島戦で史上9位のスピード記録となる通算250本塁打を達成。

また、7月21日の楽天戦でNPB史上54人目通算1000三振に1014試合で到達し、史上2位のスピード記録となった。

この年、34本塁打を記録し、同僚のエルネスト・メヒアとともに最多本塁打を獲得なお同一シーズンに同一球団から複数本塁打王獲得者が出たのは2リーグ制以降では初。

 

▶︎2015年

7月24日の日本ハム戦では通算300号本塁打と通算1000安打を同時に達成同月、月間MVPを獲得し、これは自身初である。

8月9月のオリックス戦でシーズン4本目の満塁本塁打を記録し、これで通算満塁本塁打数が16本となり、王貞治の持っていた記録を越えて日本新記録達成となった。

シーズン成績はとしては37本塁打、124打点で本塁打王打点王を獲得。通算6度の本塁打王は歴代単独3位の記録である。

オフの10月9日に、第1回WBSCプレミア12の日本代表最終ロースター28名に選出された。

序盤は主に4番として出場するが、大会中に受けた死球の影響もあり準々決勝からはスタメンを外れた。

12月4日の契約更改にて現時点で12球団野手最高年俸となる4億1000万円プラス出来高でサインした。

 

www.youtube.com

【プロ野球パ】歴代単独トップ、中村剛也が通算16本目の満塁弾!31号特大アーチ 2015/08/09 Bs-L - YouTube

 

▶︎個人年度別成績はこちら(2015年シーズン終了)※太字はリーグ最多


 
所属球団
 

 

 

 

 







 

 

 



 

 

 

 

 



 




2003 西  武 4 14 12 0 2 1 0 0 3 2 1 0 0 0 2 0 6 1 .167 .250 .286
2004 西  武 28 37 33 8 9 1 0 2 16 5 0 0 0 0 2 2 10 1 .273 .485 .351
2005 西  武 80 259 237 40 62 13 1 22 143 57 0 2 0 1 16 5 62 7 .262 .603 .320
2006 西  武 100 323 283 47 78 16 0 9 121 29 4 2 3 0 29 8 78 9 .276 .428 .359
2007 西  武 98 267 226 29 52 16 0 7 89 32 2 0 11 1 22 7 71 3 .230 .394 .316
2008 埼玉西武 143 590 524 90 128 24 4 46 298 101 2 1 3 3 53 7 162 10 .244 .569 .320
2009 埼玉西武 128 562 501 91 143 37 1 48 326 122 3 1 0 2 52 7 154 8 .285 .651 .359
2010 埼玉西武 85 354 304 50 71 14 2 25 164 57 1 0 0 3 44 3 111 7 .234 .539 .333
2011 埼玉西武 144 622 525 97 141 30 0 48 315 116 4 1 0 6 79 12 134 15 .269 .600 .373
2012 埼玉西武 123 498 432 54 100 16 1 27 199 79 2 3 0 1 56 9 125 11 .231 .461 .331
2013 埼玉西武 26 114 96 8 20 2 0 4 34 15 0 0 0 2 16 0 38 1 .208 .354 .316
2014 埼玉西武 111 466 382 68 98 19 1 34 221 90 0 0 0 3 79 2 124 13 .257 .579 .384
2015 埼玉西武 139 599 521 82 145 35 0 37 291 124 1 0 0 3 68 7 172 12 .278 .559 .367
  通 算 1209 4705 4076 664 1049 224 10 309 2220 829 20 10 17 25 518 69 1247 98 .257 .545 .349

 

 

【タイトル】

本塁打王:6回(2008年、2009年、2011年、2012年、2014年、2015年)※歴代3位

打点王:3回(2009年、2011年、2015年)

 

 

【表彰】

ベストナイン:6回(三塁手:2008年、2009年、2011年、2012年、2015年、指名打者:2014年)

JA全農Go・Go賞:1回(好捕賞:2005年7月)

オールスターゲームMVP:1回(2011年 第2戦)

・セ・パ交流戦優秀選手賞(日本生命賞):1回(2005年)

・月間MVP:1回(2015年7月)

・月間サヨナラ賞:1回(2015年7月)

パ・リーグ特別賞:1回(2015年)

 

 

【究極のホームランバッター 中村剛也】 

 

究極」とも評されるホームランバッター。外野のフライの30%近くを本塁打にする。

「7割の力でもスタンドへ運ぶことができる」自負する長打力を持ち味としている。

2015年時点で、規定打席に達した年は全て本塁打王を獲得している。

 

 

▶︎21世紀最高のホームランアーティスト

中村剛也「21世紀最高のホームランアーティスト」 | BASEBALL KING

 

▶︎パワーではなく、テクニック!

【プロ野球】中村剛也はパワーではなく、テクニックでホームランを打っている|集英社のスポーツ総合雑誌 スポルティーバ 公式サイト web Sportiva|Baseball

 

▶︎本塁打を量産できる理由

中村剛也が今季も好調を維持 安定して本塁打を量産できる理由 - ライブドアニュース

 

 

【その他の情報】

 

・50m走は6.3秒、そして右打者ながら一塁到達は4.18秒を記録するなど、ずんぐりとした体型の割には脚力も備えている。

かつてコートを務めた苫篠誠治は「打撃センスはともかく、走塁のセンスには非常にずば抜けているものがある」「走塁に興味を持てば、球界でも上位クラスにもいけるのでは」としている。

また、チームメイトだった平尾博嗣からは「動けるデブ。体重100kg以上の人の運動会があったら間違いなく1位」と評されている。

 

・2008年5月11日のオリックス戦で金子千尋から顔面右側に死球を受け頬骨を骨折するもスタメン出場を続け、15日のソフトバンク戦では本塁打を放った。

このとき打撃コーチの大久保博元が「もしライオンが近付いたらどうするか」と質問した。(それでも動けないほど痛い、と答えたら休ませるつもりだった)

中村は「食べちゃいます」と答えたため「これは大丈夫だ」と翌日の出場を決めたという。

 

・2011年10月21日に放送されたテレビアニメ『クレヨンしんちゃん』では本人役で出演し、作中では野原しんのすけに「棒読みだー」と突っ込まれた。

 

・愛称の「おかわり君」は先輩に「好きな言葉は?」聞かれ「おかわり」と答え、またキャンプの声出しでも「好きな言葉は『おかわり』です」とアピールしたことから。