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戦後のプロ野球選手のデータをどんどん更新していきます

ブレークはまだか?!《開花が待たれる有望株選手たち》

 

【中日 高橋周平 ドラフト3球団競合、背番号3を継承するもレギュラー未定着】

甲子園出場経験のない高校生野手としては史上初となる、ドラフト1位で3球団競合の末、中日ドラゴンズへ入団。

1年目から本塁打を放つなど、鮮烈なデビューを果たす。その後は出場機会はあるものの、レギュラに定着出来ず。

2014年オフには、”ミスター・ドラゴンズ”立浪和義が付けていた背番号3を継承された。

今季は元々の正三塁手エクトル・ルナが他球団へ移籍したため、レギュラーとしての活躍に期待がかかる。

  

 

 

【巨人 大田泰示 未来の4番候補、背番号55を継承されるも剥奪される】

甲子園出場経験のない高校生野手としては当時の最多となる、ドラフト1位で2球団競合の末、読売ジャイアンツへ入団。

背番号は松井秀喜メジャーリーグ移籍以来「準永久欠番扱い」となっていた「55」となった。

入団後はなかなか期待に応える事が出来ず、2013年オフに背番号が「44」に変更された。

2015年は先発4番で初の猛打賞を放つなど、出場機会を増やしたが肝心の本塁打は1本と物足りなさが残った。

  

 

 

【西武 大石達也 ドラフト6球団競合も、4年間でわずか1勝】

「ハンカチ世代」として注目され、ドラフト1位で6球団競合の末、西武ライオンズへ入団。

大学時代は、抑えを務めていたが当時の監督渡辺久信の意向もあって先発に転向。

しかし右肩痛の影響もあり、プロ入り前は最速155km/hを誇っていた直球もプロ入り後は平均141km/hと鳴りを潜めている。

野手としても非凡な才能を持ち、早稲田大学監督の慶武篤良からは「鳥谷敬以上の遊撃手になれる」と評された。

2014年には野手転向の打診もあったとされ、ブレークするのは投手としてではなく、野手としてとなるのか。

 

 

 

日本ハム 斎藤佑樹 ドラフト4球団競合、背番号18となるも、最多は6勝】

プロ入り前から圧倒的な人気を誇りドラフト1位で4球団競合の末、日本ハムへ入団した。

背番号はエースナンバーとされる「18」となり、大きな期待が寄せられた。

1年目こそ6勝・防御率2点台と幸先の良いスタートを切ったが、以降はそれ以上の結果を残せず、年々登板機会を減らした。

今季は、例年悩まされている制球難(通算四死球率4.00)を克服し先発ローテーションの一角となれるか。

  

 

 

 【広島 堂林翔太 背番号7を継承するも、年々出場機会が減少】

高校通算13本塁打ながらも力強い打撃が評価され、内野手としてドラフト2位で広島東洋カープに入団。

2年目まで一軍出場はなかったが、3年目は開幕スタメン起用されそのまま全試合出場を果たした。

しかし、2013年以降は打撃の調子が上がらず、試合出場を減らす一方で昨季は33試合の出場に留まった。

今季は、具体的な目標として「打率.333・20本塁打・80打点」を掲げているが、果たしてどこまで結果を出せるか。