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プロ野球Wikipedia

戦後のプロ野球選手のデータをどんどん更新していきます

矢野コーチが守備力を大絶賛!崖っぷちで臨む、虎の生え抜き12年目 遅咲きのベテラン捕手《岡崎太一》

 

        【岡崎太一

阪神タイガース #57
HT-Taichi-Okazaki-2.jpg
2009年8月28日、ナゴヤ球場にて
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 奈良県五條市
生年月日 1983年6月20日(32歳)
身長
体重
180 cm
87 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 捕手一塁手
プロ入り 2004年 自由獲得枠
初出場 2009年4月4日
年俸 850万円(2016年)
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

 

 

【経歴】

 

①プロ入り前

 

小学校の時に「牧野ジュニアーズ」で野球を始めてから、ずっと捕手を務めている。

智弁学園高校時代は泰裕二とバッテリーを組み2001年の第73回選抜高等学校野球大会、第83全国高等学校野球選手権大会春夏連続出場し、夏は16強入りに貢献。

高校卒業後は社会人野球の松下電器に入社。後にプロでもチームメイトとなる久保康友とバッテリーを組み、強肩を武器に活躍。

 

 

②プロ入り後

 

2004年のドラフト会議において自由獲得枠阪神に入団。

同年オフに同期入団の能見篤史と共に三テレビの『熱血!!タイガース党』に出演し、どんなタイトルを取ってみたいかという質問に「盗塁阻止率」と答えた。

 

 

▶︎2005年

ウエスタン・リーグ公式戦48試合に出場。二軍の捕手では狩野恵輔に次いで出場機会が多く、打率.290,出塁率.360という好成績を残した。

また、通算で29本の安打のうち、二塁打を4本、三塁打本塁打を2本ずつ放った

その一方で、マスクを被った9月25日の対中日ドラゴンズ戦では、中日の打者・幕田賢治が空振りから振り戻したバットが右肩を直撃。

乱闘騒ぎまで発展したが、右肩は後に完治している

 

▶︎2006年

前年に続いて、ウエスタン・リーグの公式戦で狩野に次ぐ64試合に出場。規定試合数に達した捕手ではリーグ唯一の無失策だった。

打撃面では、前年を上回る4本塁打を放った一方で、打率や出塁率などが前年を下回った。

 

▶︎2007年

ウエスタン・リーグ公式戦54試合に出場。しかし、ほとんどの面で前年より打撃成績を落とした。

守備面でも清水誉橋本良平の両新人が積極的に起用されたため、捕手としての出場は20試合で、一塁手としての起用も多かった

シーズン終了後には、12月1日に結婚する一方で、背番号を「57」に変更している。

 

▶︎2008年

前年まで捕手だった浅井良の外野コンバートや、故障による狩野の出遅れなどを背景に、ウエスタン・リーグ公式戦41試合に出場。

しかし、清水が正捕手格として定着したため、捕手としての出場は23試合にとどまった

また、前年い続いて、打率が2割台の前半で低迷した。

 

▶︎2009年

松下電器時代にバッテリーを組んでいた久保が千葉ロッテマリーンズから移籍。

岡崎自身も、一軍の正捕手・矢野輝弘が故障で開幕に間に合わなかったことなどを背景に、プロ入り後初めて開幕一軍で迎えた。

4月4日に、東京ヤクルトスワローズとの開幕カード第2戦で、スタメンマスクの狩野に代わる2番手捕手として一軍デビュー

同月7日の広島東洋カープ戦では、移籍後初登板・初先発の久保とのバッテリーでスタメンに起用されると、一軍初安打を含む猛打賞と一軍初打点を達成した。

シーズン通算では、一軍公式戦12試合の出場で打率.357を記録。ウエスタン・リーグ公式戦でも、47試合の出場で打率.320、1本塁打、17打点という成績を残した。

 

▶︎2010年

シアトル・マリナーズから移籍した城島健司が一軍の正捕手に定着。

矢野に加えて、小宮山慎二も第3捕手として一軍のベンチに入る機会が増えた影響で、岡崎に一軍昇格の機会はなかった

ウエスタン・リーグ公式戦では、56試合の出場で打率.262、2本塁打、13打点という成績を残した。

 

▶︎2011年

FA権の行使によって移籍した藤井彰人が、故障で戦線を離脱した城島に代わって一軍の正捕手に定着。

小宮山も第2捕手として出場機会を増やしたため、岡崎は7試合にしか出場できなかった

ウエスタン・リーグ公式戦には25試合へ出場。打数は少ないながらも、打率.392(51打数20安打)、1本塁打、7打点を記録した。

 

▶︎2012年

前年に続いて、一軍の正捕手に藤井、第2捕手に小宮山を起用。

シーズン中に捕手の今成亮太北海道日本ハムファイターズから移籍したこともあって、岡崎の出場は19試合にとどまった

ウエスタン・リーグ公式戦では、32試合の出場で打率.221、4打点という成績を残した。

 

▶︎2013年

日高剛がFA権の行使によって移籍したため、一軍の捕手陣を「正捕手・藤井、第2捕手・日高」という布陣に変更。

シーズン中に日高が故障で一軍を離れてからは、清水誉が第2番手として一軍に定着した。

この影響で、岡崎には3年振りに一軍公式戦への出場機会がなかった。ウエスタン・リーグ公式戦でも、38試合の出場で打率.152、2打点にとどまった。

 

▶︎2014年

久保のFA移籍に伴う補償措置で加入した鶴岡一成や、新人の梅野隆太郎が一軍に定着。

いずれも藤井と併用されたため、岡崎には2年続けて一軍昇格の機会がなかった。

さらにウエスタン・リーグ公式戦でも、一軍での実績が岡崎を上回る小宮山が正捕手格として起用。

岡崎は、途中出場を中心に46試合(捕手としては29試合)へ出場するとともに、打率.244、1本塁打、7打点という成績を残した。

 

▶︎2015年

一軍で開幕からスタメンマスクを任されながら不調に陥った梅野に代わって、5月3日に出場選手登録を果たした。

翌4日の対中日戦(甲子園)に、2番手捕手として3シーズン振りに一軍公式戦へ出場

打席にも1回たったが、2日後の6日に登録を抹消されたため、一軍公式戦への出場はこの試合だけにとどまった。

その一方で、ウエスタン・リーグ公式戦では、30試合の出場で打率.286を記録した。

 

▶︎2016年

前年の秋季キャンプでの動きが新任の首脳陣に高く評価されたことから、春季キャンプを一軍の「沖縄組」でスタート。

攻守にわたって進境を見せたことを背景に、正捕手格で自身7年振りの開幕一軍入りを果たした

3月25日には、中日との開幕戦に「8番・捕手」としてスタメン出場。

阪神生え抜きの捕手としては球団史上最も遅い入団12年目で、初めて一軍開幕戦のスタメンマスクを任された。

さらに、一軍公式戦自身4年振りの安打を記録。翌26日の同カードでもスタメンに起用されると一軍戦では自身7年(2545日)振りの打点を挙げた。

以降の試合でも、梅野と交互にスタメンへ起用。4月10日の対巨人戦では、2点二塁打を放ったことによって、一軍公式戦自身初の長打を記録した。

 

www.youtube.com

阪神12年目岡崎太一のタイムリーで8点目!プロ野球2016.04.07 阪神vs巨人 - YouTube

 

▶︎個人年度別成績はこちら ※2016年4月15日現在


 
所属球団
 

 

 

 

 







 

 

 



 

 

 

 

 



 




2009 阪 神 14 16 14 2 5 0 0 0 5 1 0 0 0 0 1 1 2 1 .357 .357 .438
2011 阪 神 7 4 4 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 2 0 .000 .000 .000
2012 阪 神 19 13 10 2 1 0 0 0 1 0 0 0 2 0 0 1 2 0 .100 .100 .182
2015 阪 神 1 1 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .000 .000 .000
2016 阪 神 10 25 19 1 4 1 0 0 5 3 0 0 2 0 4 0 4 0 .211 .263 .348
  通 算 51 59 48 5 10 1 0 0 11 4 0 0 4 0 5 2 10 1 .208 .229 .309

 

 

【その他の選手情報】

 

▶︎「野球を舐めていた男」が変わった!?

阪神正捕手候補に11年間で41試合出場の男が浮上!? 「評価は異常に高い」 | Full-count | フルカウント ―野球・MLBの総合コラムサイト―

 

▶︎過去の遅咲きの選手たち!

【スポーツの現場】「赤ゴジラ」もいたプロ野球遅咲き列伝…苦節12年の阪神・岡崎も名を連ねろ!(1/2ページ) - 産経WEST

 

▶︎12年目への想い

崖っぷちから正捕手獲りへ―阪神タイガース・岡崎太一捕手、12年目の挑戦!(土井麻由実) - 個人 - Yahoo!ニュース

 

 

 

【その他の阪神選手情報】

 

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今季絶好調!豪快なフルスイングが持ち味!トリプルスリーも狙える虎の中軸候補《江越大賀》

 

           【江越大賀】

阪神タイガース #25
2015T25.jpg
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 長崎県南島原市
生年月日 1993年3月12日(23歳)
身長
体重
182 cm
85 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 外野手
プロ入り 2014年 ドラフト3位
初出場 2015年4月2日
年俸 1,600万円(2016年)
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

 

 

【経歴】

 

①プロ入り前

 

慈恩寺小学校2年からソフトボールを始める。西有家中では軟式野球部に所属。海星高校では甲子園出場なし。

高校卒業を控えたある日、プロ野球スカウトからの誘いもあって、同校野球部の加藤慶二監督のプロ野球に行きたいと相談したところ、加藤監督から「プロ野球に行きたいではない。プロ野球でどう活躍するかを考えれるところまでビジョンを持ちなさい。そのような甘い考えではプロでは通用しない。」との言葉を受けプロ志望届を出さず駒沢大学(法学部法律科)へ進学。

のちにこの言葉が最終的にプロ野球を目指せた心の糧になったという。

 

進学先の駒沢大学では1年春からリーグ戦に出場し、2年春、3年秋、4年秋に外野手部門ベストナインに選出された。

3年次には日米大学野球で日本代表入り。4年秋は.357と高打率をマークし、駒沢大学が東都リーグで2001年以来の26季ぶりの優勝1994年以来の勝ち点5の完全優勝をする原動力となった。

大学リーグ通算96試合出場、打率.236、11本塁打、42打点、16盗塁。ドラフト指名後の11月14日から開催された第45回明治神宮野球大会東都大学野球連盟代表として出場し、決勝では2打点の活躍で駒沢大学の13年ぶりの優勝に貢献した。

 

 

②プロ入り後

 

2014年度ドラフト会議で、阪神タイガースから3巡目で指名。

契約金6,000万円、年俸1,000万円(金額は推定)という条件で入団した。

さらに、この年限りで広島東洋カープへ復帰した大学の先輩・新井貴浩から、背番号「25」を引き継いだ。

 

 

 

▶︎2015年

新人ながら沖縄での一軍春季キャンプメンバーに抜擢されると、オープン戦の期間中には、福岡ソフトバンクホークス戦で大隣憲司から本塁打を記録するなどアピールした開幕一軍入りを果たした。

開幕直後の4月には、7日の対横浜DeNAベイスターズ戦に代打でプロ初安打を記録する。

28日の対東京ヤクルトスワローズ戦に「7番・中堅手」でスタメンに起用。2回裏の第1打席で、ヤクルト先発の左腕投手・成瀬善久からプロ初本塁打(3ラン)を放った。

一軍公式戦での初本塁打を放った阪神の新人選手は、2004年の鳥谷敬以来である

さらに、この一打が決勝打になったため、試合後にはヒーローインタビューを初めて経験した。

 

阪神の新人選手が一軍公式戦での初本塁打が決勝打点を挙げた事例は、1980年の岡田彰布以来35年振り、18打席目での初本塁打は、田淵幸一に次ぐ球団2位の早さであった。

その後は、一軍と二軍を往復。ウエスタン・リーグ公式戦で4番打者を任された二軍調整中には、5月31日の対中日ドラゴンズ戦で、3番・北條史也、5番・梅野隆太郎とのクリーンアップによってチーム35年振りの同リーグ公式戦3者連続本塁打を達成した。

その一方で、7月の一軍公式戦では、21日の対読売ジャイアンツ戦・25日の対横浜DeNAベイスターズ戦で2試合連続本塁打を記録

阪神の新人選手による2試合連続本塁打は、前述の岡田以来の快挙であった。

 

レギュラーシーズン全体では、一軍公式戦56試合の出場で5本塁打を記録しながら、打率.214にとどまった。

それでも、9月24日の対中日戦では、阪神の新人選手としては2001年の赤星憲広藤本敦士以来となるシーズン3度目の猛打賞を記録

チームのシーズン3位で迎えた巨人とのクライマックスシリーズ ファーストステージでは、全3試合に「7番・中堅手」としてスタメン起用されると、通算で8打数2安打1得点を記録した。

 

 

▶︎2016年

2年連続で一軍の春季キャンプに参加したが、打撃フォームの改造に取り組んだ影響で、オープン戦の期間中に一時二軍へ降格。

打撃が復調したオープン戦の終盤から一軍へ復帰すると、2年連続で開幕一軍入りを果たした。

 

公式戦開幕直後の試合では途中出場が続いたものの、4月3日の対DeNA戦でシーズン1号本塁打、次に打席へ立った同月7日の対巨人戦で2号本塁打を放った。

同月の8日の対広島東洋カープ戦に「2番・中堅手」としてシーズン初の公式戦スタメン出場を果たすと、第1打席で本塁打を記録

3試合にまたがる参考記録ながら、事実上の3打席連続本塁打を達成した。

さらに、翌9日の同カードで3番打者に起用されると、初回の第1打席に黒田博樹からのソロ本塁打4試合連続本塁打を記録した。

阪神の選手による一軍公式戦での4試合連続本塁打をはこの年から一軍監督に就任した金本知憲が、現役時代の2005年に記録して以来であった。

 

www.youtube.com

阪神×広島 江越大賀 4試合連続ホームランはバックスクリーンへ!第4号 04.09 - YouTube

 

▶︎個人年度別成績はこちら ※2016年4月14日現在


 
所属球団
 

 

 

 

 







 

 

 



 

 

 

 

 



 




2015 阪 神 56 176 168 21 36 8 3 5 65 16 2 0 0 0 6 2 64 0 .214 .387 .250
2016 阪 神 12 26 25 8 11 1 0 4 24 8 0 0 0 0 1 0 9 0 .440 .960 .462
  通 算 68 202 193 29 47 9 3 9 89 24 2 0 0 0 7 2 73 0 .244 .461 .277

 

 

【その他の選手情報】

 

・5歳から中学1年までは空手もやっており、大会で優勝するなど身体能力の高さを見せていた。

 

大学通算11本塁打を誇る大学球界屈指の強打者で、かつ50m5秒8の俊足であり、長崎県・海星高時代から「3割、30本、30盗塁を目指せる右のスラッガー」と評価されていた。

 

・守備面では遠投120mを誇る強肩・走力を生かした守備範囲の広さが持ち味でドラフト時には走攻守三拍子揃った中軸候補と評価された。金本監督からも「別格の守備範囲」と評されている。

 

 

【その他の阪神選手情報】

 

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ここまで全試合先発マスク!球界屈指の強肩が武器!巨人の若きイケメン新正捕手《小林誠司》

         【小林誠司

読売ジャイアンツ #22
Giants Kobayashi 22.JPG
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 大阪府堺市
生年月日 1989年6月7日(26歳)
身長
体重
178 cm
81 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 捕手
プロ入り 2013年 ドラフト1位
初出場 2014年3月28日
年俸 2,600万円(2016年)
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

 

 

【経歴】

 

①プロ入り前

 

大阪府堺市出身。小学二年生でソフトボールを始め、堺市立赤坂台中学在学中は泉北ボーイズでプレイ。

野球留学広陵高等学校入学時は投手兼遊撃手だったが、1年冬に中井哲之監督の助言で捕手に転向し、2年秋から正捕手になる。

3年夏の広島県大会決勝では、延長11回表に決勝点となるソロHRを放ちチームの優勝に貢献した。

甲子園ではエースの野村祐輔土生翔平上本崇司らと共に春は8強、夏は準優勝。

決勝戦の佐賀北戦8回裏には佐賀北に逆転ホームランを打たれたが、その前打者の微妙な判定による押し出し四球にはミットをグランドに叩きつけて悔しがっていた。

 

www.youtube.com

2007甲子園 広陵vs佐賀北 決勝 - YouTube

 

関西学生野球連盟所属の同志社大学では1年春からリーグ戦に出場し、2年秋に大学日本代表に選出

正捕手としてベストナイン3度の活躍同大のリーグ戦4連覇に貢献

3年春と4年春には全日本大学野球選手権大会に出場するも、東海大学菅野智之九州共立大学の大瀬良大地にそろぞれ完封負けを喫して敗れている。

2011年のドラフト会議前には「1位指名ならプロ入り、2位以下なら日本生命に入社」と宣言し、ロッテなどが獲得を検討したものの指名球団はなく日本生命に進む。

日本生命では入社1年目から都市対抗野球に出場し、すべての試合でマスクをかぶった。2013年は社会人ベストナインを獲得。

 

 

②プロ入り後

 

社会人ナンバーワン捕手として2013年のドラフト会議で注目を集め、読売ジャイアンツからドラフト1位指名を受け入団。

(ロッテとの指名競合による抽選で石川歩の入団交渉権を逃したことによる「外れ1位」)背番号は「22」。

 

 

 

▶︎2014年

阿部慎之助の跡継ぎとして期待され、開幕戦で阿部に代わって途中出場

4月6日の中日戦で「8番・捕手」で初先発出場巨人の新人捕手が先発マスクをかぶるのは2005年の星孝典以来約9年ぶり。

オフに、日米野球2014の日本代表「日本プロ野球80周年記念試合」の阪神・巨人連合チームに選出された。

 

▶︎2015年

開幕前に「GLOBAL BASEBALL MATCH 2015 侍ジャパン 対 欧州代表」の日本代表に選出された。3月10日の第1戦に途中出場している。

シーズンでは、同級生である菅野智之とのバッテリーで、初の開幕戦先発出場を果たし、好リードでチームを勝利に導いた。

その後は阿部の捕手復帰、加藤や実松との併用が続き70試合の出場にとどまった。

 

▶︎2016年

2年連続で菅野との組み合わせで開幕戦先発出場を果たす。その後も全試合先発マスクで出場し巨人投手陣を牽引した。(4月14日現在)

課題のバッティングは打率こそ.234だが、チャンスで勝負強い打撃を見せて得点圏打率.357チーム3位の打点9を残している。

 

www.youtube.com

「開幕戦」巨人小林誠司2点タームリーヒット - YouTube

 

▶︎個人年度別成績はこちら※2016年4月14日現在


 
所属球団
 

 

 

 

 







 

 

 



 

 

 

 

 



 




2014 読 売 63 121 110 18 28 7 0 2 41 14 0 0 3 0 4 4 26 4 .255 .373 .305
2015 読 売 70 204 177 13 40 6 0 2 52 13 2 0 5 0 19 3 39 6 .226 .294 .312
2016 読 売 18 69 64 3 15 4 0 0 19 9 0 0 4 0 1 0 12 2 .234 .297 .246
  通 算 151 394 351 34 83 17 0 4 112 36 2 0 12 0 24 7 77 12 .236 .319 .319

 

 

【その他の選手情報】

 

・内角を攻める強気なリードと、遠投115m、二塁への送球1.9秒の強肩を誇る捕手。

 

・二枚目の整った顔立ちからドラフト指名時に「イケメン捕手」として話題となった。

 

 

【その他の巨人選手情報】

 

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難病を克服しスタメン復帰!チームの起爆剤となれるか!?オリックス不動の生え抜きショート《安達了一》

          【安達了一】

オリックス・バファローズ #3
Bs Ryoichi Adachi.JPG
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 群馬県高崎市
生年月日 1988年1月7日(28歳)
身長
体重
178 cm
78 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 遊撃手二塁手三塁手
プロ入り 2011年 ドラフト1位
初出場 2012年5月12日
年俸 6,300万円(2016年)[1]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

 

 

【経歴】

 

①プロ入り前

 

高崎市立北小学校では地元少年野球チームには所属せずソフトボール少年であった。

高崎市立第一中学校入学後に軟式野球を始め、主に捕手、外野手としてプレーしたが、内野を守ることもあった。

中学3年では同校が平成4年に全国準優勝した時以来の県大会出場を成し遂げた。(県大会ベスト8)。

群馬県立榛名高等学校時代は、1年時から三塁手のレギュラーに定着。2年時の秋から主将となり、遊撃手となる。

3年時の夏は群馬大会4回戦で敗退。

 

高校卒業後は、関甲新学生野球連盟に加盟している上武大学に進学。3年時の秋に打率.394と最高出塁率.535の好成績を残し、MVPとベストナインを受賞。

4年時からは、クリーンナップを務め、春には首位打者(.425)、最多本塁打(4本塁打)、最多打点(17打点、リーグタイ記録)の三冠に輝く。

夏には大学日本代表候補強化合宿にも招集され、秋の第40回明治神宮野球大会では4番として同校の準優勝に貢献したが、ドラフト指名は無かった。

大学卒業後は東芝に入社。同社野球部では1年目の2010年からレギュラーに定着。

第81回都市対抗野球大会では、1番・遊撃手として打率.391を記録し、同チームの優勝に貢献。新人王にあたる若獅子賞を受賞した。

2年目の2011年は第39回IBFワールドカップメンバーに選ばれるが第1ラウンド敗退。

連覇のかかった第82回都市対抗野球大会では、10月27日の2回戦・日本生命戦で逆転負け。自身も海田智行の前に3打数無安打に抑え込まれた。

 

数時間後に行われドラフト会議で高橋周平の抽選を外したオリックス・バファローズから外れ1位指名を受けた。

本人は、宿舎に戻るバスの中で音楽を聴いているところで、チームメイトからドラフト指名を知らされた。

背番号は社会人でつけていたのと同じ「3」に決まった。

 

 

②プロ入り後

 

 

▶︎2012年

春季キャンプで右手親指付け根を骨折した影響で、開幕を二軍え迎えた。

5月10日に一軍昇格を果たすも打撃不振とウイルス性胃腸炎で二軍落ち。

2度目の昇格後の7月7日の対ロッテ戦でようやくプロ入り初打点・初安打を記録した。

その後も腰痛を抱える大引啓次に代わって遊撃手として先発出場することもあった。

守っては自身の悪送球から失点を招いたり、走塁では一塁への帰塁の際に二塁ベースを踏み忘れアウトになるなどミスが目立ち、9月17日に二軍降格

9月30日に一軍昇格すると、10月7日の西武戦で初の猛打賞、翌8日のソフトバンク戦でシーズン最終打点となる適時打を放ち、終盤戦で活躍をみせた。

1年目は50試合に出場して打率.159、4打点の成績に終わり、シーズン通して活躍した同期入団の川端崇義とは対照的となった。

二軍では34試合の出場で打率.269、2本塁打11打点を記録した。

 

▶︎2013年

森脇浩司監督のもとでキャンプから積極的に起用され「二番・遊撃」で自身初の開幕スタメンに抜擢された。

4月5日の西武戦では、岸孝之からプロ初本塁打を放った。

シーズン序盤から中盤にかけては山本和作と併用が続き守備固めでの出場も多かったが夏場からはショートのレギュラーに定着。

131試合に出場し打率.235、本塁打5本、糸井嘉男に次いでチーム2位となる16盗塁を記録した。

www.youtube.com

安達了一 2013年 全本塁打 - YouTube

 

▶︎2014年

一軍公式戦143試合に出場するとともに、チームのパ・リーグ優勝争いに大きく貢献した。

また、前年のおよそ倍となるリーグ5位の29盗塁を記録した。

 

▶︎2015年

一軍公式戦139試合の出場で、自己最多の11本塁打・55打点を記録した。

一軍選手の戦線離脱が相次いだチーム状況の下で一軍公式戦への出場試合数が2年続けてチームトップに達した。

しかし、盗塁数は16、打率は.239にとどまるなど物足りない部分もあった。

 

▶︎2016年

自主トレーニング期間中の1月23日に潰瘍性大腸炎で緊急入院

春季キャンプ期間中の2月10日に退院した後は、キャンプに合流せず、単独でリハビリに専念した。

公式戦開幕直後の4月上旬には、ウエスタン・リーグのデーゲームでフル出場が可能になるまでに体調が回復。

同月12日には、シーズン初の出場選手登録を経て、日本ハムとのナイトゲームにスタメンで一軍復帰を果たした。

その試合ではいきなり2安打を放ち、回復ぶりをアピールした。

 

www.youtube.com

オリックス・安達了一 ファームで実戦復帰 20160402 - YouTube

 

▶︎個人年度別成績はこちら ※2016年4月12日現在


 
所属球団
 

 

 

 

 







 

 

 



 

 

 

 

 



 




2012 オリックス 50 103 88 8 14 5 0 0 19 4 2 2 6 2 7 0 23 0 .159 .216 .216
2013 オリックス 131 470 395 52 93 13 2 5 125 30 16 5 38 1 27 9 80 4 .235 .316 .299
2014 オリックス 143 601 486 73 126 13 5 8 173 50 29 10 45 4 58 8 79 8 .259 .356 .345
2015 オリックス 139 593 506 57 121 16 3 11 176 55 16 15 29 4 48 6 68 11 .239 .348 .310
2016 オリックス 1 3 3 0 2 0 0 0 2 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .667 .667 .667
  通 算 464 1770 1478 190 356 47 10 24 495 139 63 32 118 11 140 23 250 23 .241 .335 .314

 

 

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大谷翔平に投げ勝つ!トミー・ジョン手術から復活!楽天投手陣立て直しのキーマン《釜田佳直》

           【釜田佳直

東北楽天ゴールデンイーグルス #21
2012 kamata yoshinao.jpg
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 石川県小松市
生年月日 1993年10月26日(22歳)
身長
体重
177 cm
78 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 2011年 ドラフト2位
初出場 2012年5月20日
年俸 1,280万円(2016年)
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

 

 

【経歴】

 

①プロ入り前

 

小松市立御幸中学校時代は軟式野球部に所属していた。

中学1年までは捕手だったが、斎藤優樹と田中将大の投げ合いとなった第88回全国高等野球選手権大会決勝の延長15回引き分けをテレビ観戦し魅せられ、翌日の再試合は現地観戦。その後監督に直訴し投手に転向した。

 

金沢高校では1年時の春から公式戦に登板し、秋にはエースとなる。2年時の秋には明治神宮野球大会に出場。

3年の春の選抜では優勝候補に挙げられるも、1回戦の加古川北高校に0-4で敗れる。

夏の甲子園では、1回戦の伊勢工業高校戦に4-0で勝利し、2回戦の聖光学院戦では歳内宏明との投げ合いの末4-2で勝利した。

しかし、続く3回戦の習志野高校に1-2で敗れた。甲子園通算成績は34回、防御率1.32、40奪三振

その後、第9回AAAアジア野球選手権大会の日本代表に選出され、2回を無失点に抑えて金メダル獲得に貢献した。

 

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金沢高 釜田 佳直 投手 ストレート 2011ドラフト指名選手 - YouTube

 

 

②プロ入り後

 

2011年のドラフト会議で東北楽天ゴールデンイーグルスから2位指名を受け、11月9日に契約金5000万円、年俸600万円で仮契約した。背番号は「21」。

 

 

▶︎2012年

開幕は二軍スタート。当初は救援要員だったが、4月29日の北海道日本ハムファイターズ戦に初先発すると、4回まで被安打1、無失点。

5月5日の東京ヤクルトスワローズ戦で二度目の先発は6回までノーヒットに抑えて無失点と徐々に頭角を現す。

5月12日の横浜DeNAベイスターズ戦では5回まで8安打2失点だったが、7試合に登板し0勝0敗ながら防御率0.86の投球内容が評価されて一軍昇格。

5月20日の阪神タイガース戦にて田中将大以来の球団史上2人目の高卒新人プロ初登板初先発を果たす。

3回3失点で降板した(自責点1、勝敗つかず)が自己最速タイの153km/hをマークし、話題となった。

2試合目の登板となった同27日のヤクルト戦で6回0/3を1失点でプロ初勝利を挙げた。

高卒1年目での勝利は球団では2007年の田中将大以来で、登板2試合目での勝利は田中の4試合目を抜いて球団最速記録となった。

6月17日の読売ジャイアンツ戦では交流戦無敗だった杉内俊哉と投げ合い、9回1失点で完投勝利を挙げた。

高卒新人投手の巨人初登板完投勝利は1987年の近藤真一以来25年ぶり、史上2人目の記録である。

8月16日の日本ハム戦では1-0で初完封勝利を挙げた。高卒新人の1-0での完封は1999年の松坂大輔以来13年ぶりだった。

一度二軍落ちするも、シーズンを通して主力として、20試合で7勝4敗の成績を残した。

 

▶︎2013年

前年の活躍などから、先発陣の一員として自身初の開幕一軍を果たすとともに、開幕から先発で3試合に登板。

しかし、0勝2敗、防御率12.54と成績が振るわなかったことから、4月17日に出場選手登録を抹消された。

さらに、抹消後の5月後半には、二軍戦での登板中に右肘を披露骨折。その影響で、8月上旬まではリハビリを優先していた。

9月11日に、救援要因として一軍へ復帰。翌12日の千葉ロッテマリーンズ戦で5回裏二死三塁から2番手で登板すると、打者2人への投球でこの回を無失点に抑え、シーズン初勝利を挙げた。

9月26日のリーグ優勝時は未成年であったためビールかけに参加出来なかったが、10月26日に20歳になったため、11月3日の日本一のときはビールかけに参加した。

11月25日に右肘にボルトを埋め込む手術と骨棘を除去する手術を受けた

 

▶︎2014年

3月6日に群馬県館林市内の病院で右肘のトミー・ジョン手術を受けたことが発表される。

リハビリの期間を経て、11月に本格投球を再開した。

 

▶︎2015年

3月6日の春季教育リーグ日本ハム戦で、実戦登板としては約500日ぶりの登板を果たした。

前述のトミー・ジョン手術からちょうど1年後の登板であり、最速147km/hをマークした。

8月29日には685日ぶりに一軍マウンドに上がり先発すると、5回4失点、打線の援護もあり、716日ぶりの勝ち星(先発勝利は1074日ぶり)を手にした

 

www.youtube.com

【プロ野球パ】685日ぶり登板の釜田が勝ち星、楽天が埼玉西武戦の連敗ストップ 2015/08/29 E8-4L - YouTube

 

▶︎2016年

開幕から先発ローテーションとして登板を続けている。3試合で21イニング防御率0.86と抜群の安定感を誇っている。

特に3度目の登板の日本ハム戦では大谷翔平と投げ合い、7回無失点で今季初勝利となった。

 

▶︎個人年度別成績はこちら※2016年4月11日現在


 
所属球団
 

 

 





 

 





 

 


 
 



 

 

 

 



 




2012 東北楽天 20 7 4 0 0 0 2 1 0 .636 501 112 .1 126 4 38 7 77 6 0 48 41 3.28
2013 東北楽天 8 1 2 0 0 1 0 0 0 .333 75 13 .2 24 1 8 3 11 1 0 19 19 12.51
2015 東北楽天 4 1 1 0 0 0 0 0 0 .500 96 20   28 4 9 0 12 0 1 16 15 6.75
2016 東北楽天 3 1 0 0 0 0 0 0 0 1.000 79 21   14 0 4 1 13 1 0 2 2 0.86
  通 算 35 10 7 0 0 1 2 1 0 .588 751 167   192 9 59 11 113 8 1 85 77 4.15

 

 

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虎の新・攻撃的2番!プロ初ホームランが待ち遠しい!背番号24、期待の若手外野手《横田慎太郎》

         【横田慎太郎】

阪神タイガース #24
Tigers yokotashintaro 20150322.JPG
2015年3月22日 阪神鳴尾浜球場にて撮影
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 鹿児島県日置市
生年月日 1995年6月9日(20歳)
身長
体重
186 cm
92 kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 外野手
プロ入り 2013年 ドラフト2位
初出場 2016年3月25日
年俸 720万円(2016年)
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

 

 

【経歴】

 

①プロ入り前

 

東京生まれで、3歳の時に鹿児島県東市来町(現在の日置市)へ移住。

湯田小学校3年生の時に東市来町湯田ソフトボール少年団でソフトボールを始めると、東市来中学校では軟式野球部に所属した。

鹿児島実業高等学校への進学後は、1年生の秋から4番打者を任された

3年時には投手を兼務。140km/h超の速球を武器に、エースとしても活躍した。

高校通算で29本塁打を記録したが、チームは2年生の時から、夏の鹿児島県大会で2年続けて決勝で敗れている

 

 

②プロ入り後

 

2013年のドラフト会議で、阪神タイガースからの2巡目指名を受けて入団した。外野手としての指名で、担当スカウトは田中秀太

自身と同じ左打ちの外野手だった桧山進次郎がこの年限りで引退したことを受けて、桧山が22年間付けていた背番号「24」を、入団後に引き継いだ。

 

 

▶︎2014年

若手主体の春季安芸キャンプ初日に発熱で静養を余儀なくされた。

安芸市営球場で臨んだプロ入り後初の屋外打撃練習では飛距離の長い打球を連発したことで関係者や報道陣を驚かせた。

シーズンでは二軍生活に終始したが、7月17日のフレッシュオールスターゲームには、ウエスタン・リーグ選抜の「7番・左翼手」としてスタメンに起用。

79試合に出場した同リーグの公式戦では、打率.225ながら、伊藤準太・同期入団の陽川尚将と並ぶチーム2位の6本塁打を記録した。

プロ初本塁打は、8月3日のオリックスバファローズ近藤一樹から放った満塁本塁打

同月31日の対中日ドラゴンズ戦では、1試合3本塁打を記録した。ウエスタン・リーグ公式戦でこの記録を達成した阪神の選手は、1997年のフィル・ハイアット以来である。

 

▶︎2015年

2年続けて安芸で迎えた春季キャンプでの打撃内容が評価されて。オリックスとの練習試合からオープン戦の中盤まで一軍でプレー。

オープン戦では安打や打点を記録したが、キャンプ中から打撃フォームを崩していた影響で、開幕一軍には至らなかった。

ウエスタン・リーグの公式戦でも、開幕からシーズン中盤まで、打率が1割前後にとどまっていた。

シーズン通算では、同リーグ2位の103試合に出場。チームトップの8盗塁、中谷将大と並ぶチーム2位の9本塁打チーム3位の36打点を記録した。

しかし、最終打率は.213と前年より低く、一軍公式戦への出場機会もなかった。

 

▶︎2016年

入団以来初めて、一軍の春季沖縄キャンプに参加。

新任の一軍監督・金本智憲の方針でルーキーの高山俊と並んで連日スタメンに起用されたオープン戦では、9試合連続で安打を放った

さらに、規定打席を上回った選手で最も多い22安打と、セ・リーグの選手で最も高い打率.393を記録した。

3月25日には、中日ドラゴンズとの開幕戦に「2番・中堅手」としてスタメンで一軍デビュー。

実父・真之もロッテの選手時代に一軍の開幕戦で6回スタメンに起用されていたことから、親子選手による一軍開幕戦スタメン出場」というNPB史上5組目の記録も達成した。

慎太郎自身は、この試合で一軍初の盗塁を決めると、翌26日の同カード5回裏の第3打席で一軍初の安打を放った。

現在も1・2番コンビをルーキー高山と組み、阪神打線を牽引している。

 

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阪神×中日 横田慎太郎 プロ初ヒットは快足飛ばしてショートへの内野安打!03.26 - YouTube

 

▶︎個人年度別成績はこちら ※4月5日現在


 
所属球団
 

 

 

 

 







 

 

 



 

 

 

 

 



 




2016 阪 神 10 49 47 10 12 1 0 0 13 2 3 2 0 0 1 1 5 0 .255 .277 .286
  通 算 10 49 47 10 12 1 0 0 13 2 3 2 0 0 1 1 5 0 .255 .277 .286

 

 

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▶︎父も元プロ野球選手!!

父は元プロ選手! その遺伝子を受け継いだ阪神・横田慎太郎に期待 | マイナビニュース

 

・「糸井二世」と評されるほど身体能力が非常に高い。阪神入団2年目には、掛布雅之から「高卒2年目の外野手としては松井秀喜以上」と絶賛された。

 

・50m走6秒1を記録するほどの脚力の持ち主。高校時代に投手としての出場も多かったことから、地肩の強さも魅力。

 

 

【その他の阪神選手情報】

 

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苦節10年!ダイナミックなフォームが持ち味の生え抜きスラッガー 中日《福田永将》

          【福田永将

中日ドラゴンズ #55
CD-Nobumasa-Fukuda.jpg
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 神奈川県横浜市青葉区
生年月日 1988年7月23日(27歳)
身長
体重
181 cm
80 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 捕手一塁手三塁手
プロ入り 2006年 高校生ドラフト3巡目
初出場 2009年7月7日
年俸 1,500万円(2016年)
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

 

【経歴】

 

①プロ入り前

 

小1で野球を始める(このとき全国3位、鴨志田スワローズ)。

中学時代は縁中央シニアで全国優勝を果たし注目され、シニア全日本代表の4番を務めた。

中学時代(鴨志田中学)にはニューヨーク・メッツから入団テストに来てほしいと声をかけられたこもあった。

横浜高校では打撃を買われ1年春からベンチ入り。2学年上の涌井秀章とバッテリーを組、石川雄洋らとともに甲子園にも出場。

レギュラーであったが、まだ1年で経験も浅かったたために、試合終盤の大事な場面では交代させられることが多かった。

2年春から4番打者を務めた。2006年春の第78回選抜高等学校野球大会では1年学年下の高濱卓也、同期の佐藤賢治とクリーンナップを組み、主将として優勝を経験。

同年夏は史上初の同校2度目の「春夏連覇」が期待されたが、大阪桐蔭に6-11と大敗し、大会初日に敗退。

上記以外に同期には下水流昴西嶋一記がいた。高校通算49本塁打

 

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2004年夏1回戦 横浜vs報徳学園 3/19 - YouTube

 

 

②プロ入り後

 

ドラフト会議で中日ドラコンズから高校生ドラフト3巡目で指名され入団。

 

  

▶︎2007年

新人の中でも打撃の評価が高く、春季キャンプでの一軍組への昇格1号となった。落合博満監督から2007年に行われるプレ五輪に推薦された。

谷繁元信小田幸平の次となる3番目の捕手を争うことが期待されていたが、同じ新人の捕手田中大輔の存在もあり、二軍で9試合のみの出場でノーヒットに終わった。

出場機会を増やすために首脳陣から内野手へのコンバートを指示が出され、同年オフの秋季キャンプから一塁の守備にも取り組んだ。

 

▶︎2008年

春季キャンプで山本昌と同部屋になる落合監督の指示もあり、本格的に捕手から内野手へ転向。

この年も一軍出場はなかった。前年に同じく一軍出場のなかった堂上直倫清水昭信岩崎達郎がこの年に一軍出場を果たしたため、この時点で2007年入団選手の中で唯一の一軍経験のない選手となった。

しかし、二軍では4番打者としてのスタメン出場もあり、フェニックスリーグでは石井一久から本塁打を放ち注目を浴びる。

 

▶︎2009年

春季キャンプで一軍に抜擢されるも初日に落合監督からノックを受け右太ももを痛め、2日目に二軍に降格。

ウエスタン・リーグ6月の月間MVPを獲得。7月に初の一軍昇格。

7月7日、対東京ヤクルトスワローズ戦に9回に代打で出場し、押本健彦から史上49人目となるプロ初打席初本塁打を放った。

7月31日の対ヤクルト戦では、負傷退場したトニー・ブランコの代役として4番・一塁手で途中から最後まで出場。

その後は代打で好機を生かせず8月中旬に再び二軍に降格した。

 

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中日ドラゴンズ 福田永将 プロ入り初打席でHR - YouTube

 

▶︎2010年

オープン戦や練習試合、二軍でも4番を任せられ、打率3割台を記録、しかし一軍では15試合の出場に終わった。

 

▶︎2011年

開幕前から好調を維持し、右の代打として開幕一軍入り

開幕戦から代打として出場し、4月13日の横浜ベイスターズ戦で代打としてプロ2本目のソロ本塁打江尻慎太郎から放った。

さらに、4月15日にも阪神タイガース戦でまたも代打としてプロ3本目のソロ本塁打藤川球児から放った。

しかし、その後は5打席無安打が続き二軍落ちした。一軍に戻ったのはシーズン終盤の10月で、一年間を通しての一軍定着とはならなかったものの、自身初となる日本シリーズ出場を果たした。

 

▶︎2012年

小山桂司のトレード移籍に伴い、4年ぶりに捕手に再転向

オープン戦で積極的に起用され、打撃で結果を残し三番手捕手として二年連続の開幕一軍入りを果たす。

5月5日の対横浜DeNAベイスターズ戦にて一軍で初めて捕手のポジションに就くが、同じ試合でその後にアマチュア時代を通じて自身初となるセカンドの守備に就く

またこの試合ではシーズン1号となるソロ本塁打を放つ。最終的に自己最多の49試合に出場したものの、期待された打撃面では打率.176、1本塁打と課題が残った。

守備機会もこれまで通りの一塁手としての出場が主だった。オフから内野手へと再コンバートする事になった。

 

▶︎2015年

春季キャンプでフォーム改造した結果、オープン戦で4本塁打、リーグトップの13打点と結果を残し、開幕一軍入りを果たした。

開幕戦で、スタメンで一塁を守っていた森野将彦が故障したため、3月31日の巨人戦からスタメン出場すると、4打数3安打2打点本塁打1本と大活躍。

その日の試合の勝利に貢献した。その後も4月は、一塁手での起用が多かった。

6月21日の試合終了後、応援団は個人応援歌が作成された事を発表した。6月23日より使用開始された。

中盤以降、代打で成績を落としたが、自己最高の79試合に出場し6本塁打を放つなど、自己ベストの成績を記録。

シーズン途中から試合前の練習などでレフトに就く場面も見られた。11月13日の契約更改では約850万円増の約1500万円でサインした。

 

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2015 04 16 中日 福田永将 第4号2ランホームラン! - YouTube

 

▶︎個人年度別成績はこちら ※4月5日現在


 
所属球団
 

 

 

 

 







 

 

 



 

 

 

 

 



 




2009 中 日 17 18 16 2 3 1 0 1 7 1 0 0 0 0 2 0 7 0 .188 .438 .278
2010 中 日 15 13 12 1 2 0 0 0 2 0 0 0 0 0 0 1 6 0 .167 .167 .231
2011 中 日 12 17 17 3 4 0 0 2 10 2 0 0 0 0 0 0 7 1 .235 .588 .235
2012 中 日 49 53 51 2 9 1 0 1 13 2 0 1 0 0 1 1 20 0 .176 .255 .208
2013 中 日 4 7 7 0 2 0 0 0 2 0 0 0 0 0 0 0 2 0 .286 .286 .286
2014 中 日 10 12 12 1 3 1 0 0 4 0 0 0 0 0 0 0 4 1 .250 .333 .250
2015 中 日 79 185 169 12 41 6 2 6 69 23 0 0 0 2 14 0 62 7 .243 .408 .297
  通 算 186 305 284 21 64 9 2 10 107 28 0 1 0 2 17 2 108 9 .225 .377 .272

 

 

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落合監督も絶賛した長打力。中日・福田永将、来季は新外国人とレギュラー… | マイナビニュース

 

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かつての世代最強打者。中日・福田永将「9年目の飛躍」の真相|集英社のスポーツ総合雑誌 スポルティーバ 公式サイト web Sportiva|Baseball

 

・2007年の自身初のキャンプ中に少女が落合監督の元へサインをもらいにやってきたが、その色紙にはすでに福田のサインが書かれていた。

落合は「将来クリーンナップを打つ可能性のある男のサインで、価値が出るから大切に持っていてほしい」と断り、福田への期待を示した。

 

 

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